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野州麻について

古代、阿波国(徳島県)の吉野川流域を中心に大きな勢力を誇り、ヤマト王朝成立の立役者となった阿波国忌部族は、弥生末期から古墳時代にかけて日本各地に麻殻を植え、農業、養蚕、織物、漁業、製紙、建築、古墳技術を伝搬させた産業技術集団祭祓族であり、さらに海洋民の側面も併せ持っていました。

 約1800年前に阿波国を出発、黒潮に乗り安房国(千葉県)に上陸し、利根川を遡って下野国(栃木県)に到達しました。

  利根川支流である栃木県鹿沼市永野(旧粟野町)は内陸部で風水害もなく、100日間で3mにまで生長する麻を栽培するには、最適地であり、ここが安房忌部族最終到達地となりました。

 日本一の麻の産地となったこの地は、「野州麻」という国産の最高品質の麻のブランドとして全国に知られ、現在に至っています。参照:「倭国創生と阿波忌部」林博章著

そして

御幣(ごへい)とは、神道の祭祀で用いられる幣帛の一種で、2本のおおあさを竹または木の幣串に挟んだものである。幣束(へいそく)、幣(ぬさ)ともいう。

現在では紙垂に変わっている、

通常、紙垂は白い紙で作るが、御幣にとりつける紙垂は白だけでなく五色の紙や、金箔・銀箔が用いられることもある。

かつて、神に布帛を奉る時には木に挟んで備えていたが、それが変化したのが今日の御幣である。その由来から、元々は神に捧げるものであったが、後に、社殿の中に立てて神の依代あるいは御神体として、あるいは祓串のように参拝者に対する祓具として用いるようになった。

なお、長い棒や竹の先端に幣束を何本か取付けたもののことを、特に梵天(ぼんてん)という。 紙が普及する以前は、ヤナギ、ニワトコ、ヌルデ、クルミ、マツなどの木の肌の一部を薄く削ぎ、渦状にちぢらせて残し垂らしておく飾り棒削り掛けも、御幣、幣の古い形の祭具として用いられた。削り花(削花、ハナとも)、穂垂(ほたれ)、掻垂(かいたれ)ともいわれています。